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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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歯槽膿漏 

昨日はインフルエンザについてのあれこれでありましたが、本日は歯槽膿漏です。

ってゆーか、ここ最近3日間というもの、歯茎がすっげー痛むんです。

昨日あたりから、痛くて痛くてしょうがなく、バファリンや塗り薬を使っては、なんとか痛みを和らげようとしてきたのですが、飯を食うたびに痛みが増して、今夜は眠れるのか心配です。


ところで歯槽膿漏といえば、今は亡き愛猫のマクスウェルが思い出されます。

ペルシャとトラ猫のハーフとして生まれたマクスウェルは黄金に輝くそれはそれは美しい猫でした。

猫としては大きな体躯で、毛並みもふさふさとしていて更にマックを大きく見せていました。

洋猫の血かわかりませんが、気性が荒く戦闘的で、よくうちの家らしからぬ性格を持った猫だと、親戚中に言われたりしたものです。

親父はいつか殊更に噛み付かれて、手を数針縫う怪我をしたほどです。

ボクにしか懐かなかった猫といっていいでしょう。

そんなかわいいマックに、あるとき食欲が減退してみるみるうちに痩せていったことがありました。

そのうち椅子の下にもぐりこんで丸まったっきり動かなくなりました。

これを見たボクは、

「こいつはえれーーー一大事だ!マックといやーフレンドというよりむしろ親兄弟ブラザーだ!大変なことになった!」と無我夢中で車にマックを乗せ、近くの動物病院へと向かいました。

そのころ、ボクは免許取立てで一人で公道へ出たこともなく、思いがけずこれがボクの公道デビューとなったのですが、なにせ小さな動物病院であったためか、駐車し辛い駐車場で、ボクは車を斜めに止め、他人の迷惑も我関せずで、病院へと駆け込みました。

マックに何事かがあると大変だからです。

猫の命がかかっているというのに、誰が何の文句がいえましょう。

そんな非常識な奴が現れるものなら、頭ごなしに一喝してやるくらいの気迫があったと思います。

さんざん飯も食えず、どんどん衰弱してゆくマックに、ボクはどれほど
心を痛めたことでしょう。

しかし2時間後に受けた診察結果は一言

「歯槽膿漏です」
これがために支払った診察料は一万円を越え・・・

健康保険って実はとても大事だよね、と若かりしボクは思ってみたりしました。




・・歯茎が腫れる度に、マックことマクスウェルのことが思い出されます。

思い出に浸ってみるのもたまにはいいもんですが、とにかく痛むので、明日は歯医者に行くこととします。

せっかくの休みなのにもったいないけどね。






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2005/11/27 23:45|未分類TB:0CM:0

インフルエンザ 

こちらの書き込みはずいぶんとサボっていたわけですが、エキサイト版のほうではまだマシに、書き込みを続けておりました。なんとか。

寒くなると、夜更かしするにも困難です。

ボクはあっさりと布団の誘惑に負け、いつも以上に早く寝てしまいます。

ただでさえ筆致が遅いというかなんというか、そういうボクにとって冬の間というのは、なにをするにも面倒になってしまいます。

頭がふらふらするという理由で、コタツは5年前から全廃しているのですが、石油ストーブにしてもガスにしても部屋がぬくもり過ぎるのは、結局からだに良くないんではないかと気づき、今年は小さな電気ストーブ一台で我慢するつもりでいます。

寒ければ着込めばいいし、少し寒いくらいが外気との温度差も少なくからだへの負担が少ないのでは・・・と。

とまあ、素人の考えですが(汗)


昨年の冬はインフルエンザに2度かかりました。

ワクチンの効果があるのは、なんでも発病から48時間以内だそうで、

「こいつはえれーしんどいじゃないか」

と、ほそぼそと虫の息でつぶやいた時にはすでに遅し。

国立病院の容赦無い3時間待ちの3分診療で処方されたのは、解熱剤だけでした。

発病から完治するまで一週間ほどかかり、おかげで5キロのダイエットに成功しました上に筋肉疲労もとれて、インフルエンザにかかる前よりも身軽で元気になりました。

「だったらそれでいーじゃんさ」

と言いたいところですが、とにもかくにも筆舌に尽くし難く超絶的にえっれーーしんどいので、今年は予防接種に近日中には行くつもりです。

知人がお医者さんに、

「なんで毎日たくさんの患者さんを診てるのに、あんたらは病気にかからないんだ?」

と質問したところ、その医者は即答したそうです。

「だって予防接種してるんだもーん!」


その通りだ、その通りなんだな!

なんで今まで気づかなかったんだろう!!

不思議なくらいです。

皆さんも気をつけましょう!
2005/11/27 00:41|未分類TB:0CM:0

天気の良い日は鉄橋を渡ろう 

鴨川に架る鉄橋の上を少し歩いてみた。

河川敷沿いの荒れ果てた堤防の上から鉄橋への入り口が目の前に広がり・・・

映画『スタンド・バイ・ミー』のワンシーンに、これとよく似たシーンがある。

とっさのことに、ボクも足を踏み入れたくなってしまったのだ。

前から列車が来るかもしれない、という緊張感がたまらなかった。

足元を確かめながら進み、そっとレールに耳をあててみた。

もういい大人だといわれる歳に、いつのまにかなっていたけど

いつまでも子供のように生きていきたいもんだ。

どんな馬鹿げたことだって

それができるチャンスは

そのとき一回限り、なんだよな
鉄橋

2005/11/10 23:36|京都市内散策TB:0CM:0

【プロ野球】今期のMVPについて思う 

昨日、今シーズンのプロ野球のMVPが発表されたわけです。

セ・リーグは金本選手に決定!

とまあ、阪神ファンのボクにとっては、誰が受賞しても実におめでたい限りなのですが、今岡選手、藤川投手にも同様の賞を与えたい気持ちは、阪神ファンならずともいっぱいではないかと思います。

ボクはてっきり、今岡選手がMVPではないかと思っていましたが(苦笑)

そもそもバッターの主要3部門 打率 打点 本塁打のうち、一番チームに貢献した数字上の結果は、打点ではなかろうかと。

赤星、鳥谷、シーツ、金本と並ぶ上位打線の出塁率が、特に金本選手の出塁率は高かったのですが、決定打を一番多く打ったのは、今岡選手です。

いくら打率が良くても、ホームに帰ってこなければ、点にはなりません。いくらホームランを打っても、ソロホームランが多かったり負けゲームで打っても勝利には結びつきません。

多くの打点をあげること

それがチームを勝利に結びつけます


例えその試合4打数1安打でも、走者一掃の3打点ツーベースを打った選手がその試合ではヒーローになれるのです。

それに今シーズンの今岡は、印象的なホームランも多かった。

当たり前のようにタイムリーヒットを放ち、ここぞ、という場面でも必ずチームを救った。

このあたりは、金本選手も同様の評価は出せますが。

今シーズンの打撃成績では、ボク個人的には金本選手よりも今岡選手の方が高いのですが、それ以外の面では、やっぱり金本選手かな。

結局、阪神の野球を変えたのは、赤星の入団と、金本の移籍です。

弱体阪神に足りなかったもの・・・

それは精神論かもしれませんが『根性』だったのではないかと。

それをこの2名が持ち込んだ。

もともと人気球団ですし、能力の高い選手は毎年入団していたんだと思います。

今岡でさえ、星野監督が就任するまでは伸び悩みの時期が長かった。

そういった意味で、金本の存在は阪神タイガースにとっては計り知れなく大きい。

MVPの話に戻します・・。

MVPとは『最も勝利に貢献した選手に贈られる賞』ですので、その意味では今岡選手がふさわしいという僕の主張は変わりませんが(多くの打点をあげた、という意味では)今シーズンも金本選手の存在感は非常に大きかったと言わなければなりませんし、金本抜きの阪神タイガースは考えられません。

それを言うなら、JFK抜きの阪神も、矢野捕手抜きの阪神も、下柳、井川、安藤、杉山、福原抜きの阪神も、シーツ、鳥谷、桧山もいい活躍をした、中村豊のまさかのホームランがチームを救った。

藤本の守備は光っていた。

彼らすべてを抜きにしては、優勝はなかったと思います。

ですが、中でも今岡の活躍を評価したいと思います。

藤川もよくがんばったけどね。
2005/11/05 22:33|プロ野球を語るTB:0CM:0

【散策】宝ヶ池にて 

列車


一両列車に乗ったのは、何年ぶりのことだろう・・・ワンマン列車とあって普通の電車とは勝手が違い、少々戸惑ってしまった。都市部に生まれ育ったボクにとって、こういう古いものを見て、懐かしいという感情が生まれるでもなく、目新しさが新鮮だった。

紅葉


叡山電鉄『宝ヶ池駅』を下車すぐに、大きな公園があった。そろそろ紅葉がキレイな頃だった。

紅葉2


紅葉を見て、キレイだなと思い始めたのはいつ頃からだったのだろうか?食欲の秋やら読書の秋やらスポーツの秋やら、なにかと周囲は慌しいが、夏の暑さと発汗を十分に満喫しきれず、そのまま季節が移ろい、なかば強引に夏の一幕を閉じる形で寒さがやってくることが、なかなか許諾できなかった。毎年、秋になると鬱になる人種がいるが、以前はボクもそのひとりだったようだ。紅葉の美しさを発見したのは、実はごく最近なのかもしれない。思えば紅葉の写真を撮るようになったのは、ここ3年ほどのことだ。

公園1


公園の中に大きな滑り台があった。3歳くらいの子供が、次々と平気な顔をして滑っていたが、上まで登ってみるとかなりの高さがあり、爽快さの反面、足が竦む思いもしたが風と空気が心地よかった。勢いよく滑り降りると思った以上に加速がついて、思いがけずこんなところで興奮するとは思わなかった。童心を失うまいとして生きているつもりが、知らない間に、多くを失っていたことに気づかされたわけだった。

そら1


そんななかでも空はいつもキレイだ、曇りでも晴れでも。

森の道1


宝ヶ池へと続く道。人気の無い森の中を抜ける。昼間だというのに、あまりにもひっそりと静まり返っていた。これが静寂ってやつか。

きのこ


道の脇の木にびっしりと生えていたきのこ。種類はわからないが、気持ち悪さが面白い。

宝ヶ池1


久しぶりに広い景色を見た。思えば普段、遠くを見ることは意外と少ない。広さとでっかさで胸が踊った。

宝ヶ池3


宝ヶ池を歩いて一周した。かなりの距離がある。ギターの弾き語り、お笑いコントの練習をする学生、ジョギングをする人、散歩をしている人、望遠レンズで写真を撮る人、写生をする人・・・。
ここは文化のたまり場でもあったわけだ。

tori


なにも人ばかりが集まるのではなく、水辺には生命を引き付けるものがある。

koi4


躍動感にあふれていた。今ここでは、生きるという意思以外のものはなにも無い。芥川の『蜘蛛の糸』をなぜか思い出した。ここに釣り糸をたらせば、釣り上げられるのは鯉ではなくボクだな。

とりとこい

暴動と静寂のはざまで・・・

tori2


いったい何を考えているんだろう。いったいこの世の何を見ているのだろうか。こいつの目に映っているものが、すべての世界の瞬間なのかな。
2005/11/04 01:34|京都市内散策TB:0CM:0

尼崎はこんなにもいい町だ Ⅱ 

昨日にアップした『尼崎はこんなにいい町だ』にて、ざーっとおおまかに尼崎を紹介したが、なんだか書ききれず、いっそシリーズ化してしまおうかな、と。

どこまで続くシリーズはわかりませんが・・・とりあえず。

・・とりあえず、って言葉思えばよく使うよな~と、なんとなく反省。考えなしに行動に移すことが多い性格がよく出てるかな。まあ馬鹿なおかげで行動力がある方だからいっかあ・・・と楽天的に考える。よもやこれが人生を生きる極意かも。せっかく期間限定で生きてるんだから面白くないともったいないさ。

作家 中島らも

彼は正真正銘の尼崎人で、それもボクの実家のごくごく近所に住んでいたご近所さんであったわけですが。

大学時代、ボクの大学の学祭でトークショーを拝見したことを最後に、泥酔状態で階段から転落して亡くなってしまいました。

トークショーの内容を聞いても、この人は長くは生きられないな・・と思っていた矢先のことで、なんだかとても残念。

ボクは『おとうさんのバックドロップ』(集英社文庫)という作品が好きです。

自分が親になって初めて知った、本当の親父の良さというのかな。胸が熱くなってしまいました。

他にも面白い本はたくさん出してますが、ボクはこの本が好き。

叔母いわく、小学生の頃から、とにかく変人だったらしく、同じクラスで学級委員を務めた間柄だが、絡みづらくて特には彼とのエピソードは無いと。確かに叔母とらもさんは間逆な感じで、いかにも相性が悪そうだが。中学からは成績優秀過ぎたらもさんは、灘中学へと進学してしまったのでした。

あんまりどうでもいい情報ですが、JR立花駅近くにある中島歯科は、らもさんのお兄さんがやってる歯科医院です。ボクは歯医者といえば、小学生の頃より、この中島歯科以外に通院したことはありませんが、ご兄弟よく似ています。んーやっぱどうでもいい話ですね(苦)歯が痛くなったら、ぜひ一度訪ねてください。お兄さんがまじめにきっちりと、真剣な顔で治療してくれます。


2005/11/04 01:04|地元を語るTB:0CM:0

尼崎はこんなにもいい町だ 

尼崎脱線事故から半年目の日、偶然実家に帰る機会があり、久しぶりに帰郷した。

JR立花駅から徒歩5分。

西立花町にボクの実家はある。

脱線事故の起きた当日の朝は、京都にある自宅のリヴィングで朝食を食べていた。

TVを付けると見たことも無い映像が流れる。

尼崎の友人のことがとっさに思い出された。

彼は確か塚口駅近くに引っ越し、通勤のためその列車を利用していたはずだ。

不安にかられ携帯に電話してみる。

・・・繋がらない。

会社に出勤してからも何度か電話して、昼前にようやく繋がった。

「大丈夫なんか?」

「つい最近、転職して今は車通勤や」

その後、友人知人の中に犠牲者は出なかったが、この大きな事故はボクにとって対岸の火事ではなく、ボクのごく身近に起きた凶々たる事件だった。



公害訴訟、阪神淡路大震災、最近話題のクボタ神崎工場のアスベスト問題、そして脱線事故・・・・・・

尼崎に対する、全国の人々がもつイメージはあまりにも悪い。

京都に移住するまでの26年間を尼崎で過ごしたボクは、そういった潮流に黙ってはいられない。

冷静に、客観的に言いたい。



尼崎はいい町だ

と。

人口46万人、兵庫県第二の都市尼崎は、工業都市のイメージだけが先行しがちだが、実はその歴史はかなり古く、市内には弥生時代の遺跡(田能遺跡)がある。

平安時代には港町として栄え、尼崎(あまがさき)という語源はそこからきている。

戦国時代は何度も戦乱の地となり、尼崎城、富松城、塚口城などいくつかの城と城下町ができた。その面影は市内に流れる堀や水路、地名にも残っている。

江戸時代には城下町から、世界的に有名な浄瑠璃作家、近松門左衛門を輩出。

市内いたるところに、歴史の痕跡が見られる。

公害都市の反省から、市内には緑が多く、車道もゆったりしていて窮屈さは感じない。

神戸は六甲から流れる武庫川、そして猪名川、神崎川など市内にいくつも川が流れ、きれいに舗装されている。

街中の水路には、錦鯉が泳いでいたりする。

散歩やジョギング、草野球など河川敷では色々な野外活動もできる。高校時代はしょっちゅギターの練習や草野球をしたものだ。

そしてなにより、都心部へのアクセスが最高だ、ということ。

JR大阪駅まで、実家のある立花から電車で10分。三宮まで17分。京都駅にも1時間以内で行ける。関西圏で住む人間にとってこれほど便利な条件は無い。

市内の話に戻すと、園田競馬、尼崎競艇、風俗街、歓楽街と、良かれ悪しかれ大人の娯楽施設が多数あり、市内にいても退屈しない。

熱狂的に阪神タイガースを応援する阪神尼崎の商店街は、ファンにとってはもはや甲子園に次いで第二の聖地だ。

その反面、アルカイックホールではクラシックコンサートやメジャーアーティストのライブが行われ、ピッコロシアターでは演劇が盛んに行われるなど、もうひとつの文化都市の顔をも持つ。

サンサンタウン、旧西武百貨店つかしん(現りぼん館)などの大型ショッピングセンターや総合病院など生活にも便利。

スーパー業界の激戦区でもあり、物価は安い。

さらに港町であることから新鮮な魚介類も豊富。

近年、市内いたるところに天然温泉が沸き、スーパー銭湯の密度は他の地域にみられない。

大型天然温泉だけでも、市内には4ヶ所もある。

年に一度の秋には尼崎市民まつりが盛大に行われ、パレードやさまざまなイベントが催される。

市役所のある橘公園内で行われ、有名芸能人のステージあり、出店は数百件を数え、3日間続く市民の大きなお祭りだ。



尼崎出身著名人をあげると・・

阪神タイガースの一時代を築いた大投手、村山実、江夏豊も尼崎の出身。

伊良部秀樹も実はなにを隠そう尼崎人だ。

ダウンタウンや島木譲二といった芸人も多数輩出。

尼崎といえばダウンタウン、なのだが、上方落語界にとっても、尼崎は重要な土地だ。

ヤクルトの池山や女優の南果歩はボクの高校の先輩で、作家中島らもはボクの小学校の先輩であり、叔母の同級生だ。

最近話題の『NANA』の作者、矢沢あいや、浅田彬らとともに左翼思想家で著名な柄谷行人も尼崎人であるなど、ありとあらゆる分野の著名人を輩出してきた。



確かに、部落差別や朝鮮人差別、公害問題、暴力団など、市が抱える問題は多い。

だけど、それがすべてではない。

この街は、ひとつの表情だけでは収まりきらない、多彩で複合的な顔を持っている。

治安が悪いとは言われるが、ボクが住んでいた26年間、身近で大きな事件は起こっていない。

人口の割りに、人気の少ない穏やかな町並みが続いている。

山が無いのでどこまでも平地だ。

いつでも、ゆったりとした時間が流れている町。

ボクはそんな尼崎が好きだ。

2005/11/04 01:00|地元を語るTB:1CM:0

亀についての話 


亀1


『鶴は千年、亀は万年』とはいうけれど、鶴は千年も生きるわけがないし、亀も同様に、万年もましてや生きないと断言できる。

寿命が来て死んでゆく亀をボクはまだ見たことはないが、それを言うなら老衰で死んだ魚や蛙を見たこともないし、人間が老衰で死ぬのさえ、滅多にお目にかかれるものではない。

かめ2


いつの間にか、いなくなっている。

どこかで死んでいるかもしれないが、どこかで生き続けているかもしれない。

亀はよく、永遠の象徴となる。お寺に亀池が多いのはそのためだ。

かめ3


悠然としていられるのはなぜだろうか?

じっと亀を眺めていると、なぜだか心が安らいでしまう。

懐かしさに似た感情・・・

空も水もボクも亀も、まだボクの目の前にある。

それらすべてがまだ、ボクの目の前にある。

2005/11/04 00:22|PHOTOTB:0CM:0

プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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