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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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2006.4.25 in 尼崎 

よく晴れたいい朝だった。

午前中、職場に顔を出してから、帰りの電車に乗った。

JR伊丹駅。

一年前のちょうど今日、この駅から駆け込み乗車した人や、10分程度ぼんやり待ってから乗車した多くの人たちが、あの事故に巻き込まれて命を落とした。

駅では、大きなメッセージボードが立てかけられ、びっしりと細かい字で道行く人が書き込んでいた。

通勤ラッシュはとうに過ぎて車内の人影はまばらで、車窓の風景は嘘のように穏やかだ。

車内アナウンスが、昨年の悲劇を伝える。

お客様からの安心と信頼をいただけるよう全力で取り組んでまいります・・・


伊丹の本店勤務になってから、ボクは毎日JR宝塚線を利用している。

朝はとにかく混むので、空いている一両目ニ両目に乗ることが多い。

よく人に聞かれる。

「そんなに前方車両に乗って、怖くないんですか?」

確かに、あまり気持ちのいいもんじゃない。だけど、混んだ車内に比べると遥かに快適です。

そう答える。


人間は、どこにいても死ぬときは死ぬ。

逆に言えば、どこにいても死なないときは死なない。

だからといって、自分が特別な存在で、自分だけは大丈夫だという根拠の無い自信はない。

事故で亡くなった多くの方々は、自分がまさか死んでしまうなどとは、亡くなる瞬間まで考えもしなかった。

犠牲者の身内や友人にしたって、家族団らんで朝食を摂った朝、ケンカ別れした朝、寝坊して会えなかった朝・・・

その朝を境として、惜別の情に溺れる間もなく、永遠に別れることになろうとは、夢にも思わなかった。

別れは突然やってくる。

人は突然死ぬことがある。


だから、辛いんじゃないか。


死を避けて通ることなど、できない。

次の瞬間にも、車が突っ込んでくるかもしれないし、家の中にいたって死ぬかもしれない。

ボクらはこのように考えて生きてゆくしかない。

毎日を精一杯、楽しく生きようよ。



伊丹駅から猪名寺、塚口を通り、名神高速道路の高架下を越えて、すぐのところに、事故現場はある。

一両目が突っ込んだマンションの駐車場には多くの関係者が詰めかけ、駐車場からはみ出るくらいの人が、一斉に黙祷を捧げているのが見えた。

それをみていた車内の乗客数人が、黙ってそっと両手を合わせた。


生まれも育ちも尼崎のボクは、感傷的にならざるをえないじゃないか。

自分の町で起こった、自分の町の凄惨な大事故。

事故のあった日の朝、ボクは京都の自宅から何度も電話をした。

ボクのたったひとりの親友Hは塚口駅のすぐ近くのマンションに住んでいた。

通勤に利用していたのは知っていた。

大阪のビジネスパークまで、ちょうど事故のあった時間帯の電車に乗っていたはずだった。

何度も何度も電話をした。

何度かけても繋がらなかった。

余計に焦って、さらに何度も電話をした。

出勤してからも電話を入れて、ようやく繋がった。

なんて言っていいかわからず、

「大丈夫?」

と言った。

電話に出るくらいなのだから、大丈夫に違いなかった。

「最近、転職して今は車通勤なんや」



この事故については、あれこれと議論が巻き起こり、JR の不祥事が明るみに出るなど、交通機関の今後の安全対策が問われたことは周知のことだ。

JRとは、全国に広がる巨大な企業で、ひとつの部署で不祥事があれば、JRすべてのイメージが低下する。

JRの肩を持つつもりはない。

すべての職員が、真面目で勤勉であるかというと、そうでもないだろう。

ただし、大多数の職員は人命を預かりながら、日々神経をすり減らして業務に当たっていることだけは、忘れないでいたい。

ボクの義父は、JRの運転手だった。

「休みの日は人を乗せて車に乗りとうないんじゃ」

岡山弁で、寂しく笑ってそう言ったのが、忘れられない。

この言葉が、義父が仕事に懸けた全て、だったのではないだろうか?

定年退職して車を買い換えた。

しばらく運転していなかったので、ハンドルさばきが危ういそうだ。

田舎道だから、ゆっくり走れば大丈夫と笑った。


そういう人生が、JRという巨大カンパニーの縁の下を支えて、無数にあることを思うと、手放しで批判することなどできなくなってしまう。

遺族に対する補償はしっかりとするべきだが、今更誰の責任だのと言ったところで、失った人々は帰って来ない。


今日はよく晴れたいい日だ。

犠牲者の方々のご冥福を心より祈る。

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2006/05/09 00:37|地元を語るTB:0CM:0

プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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