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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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京都 貴船神社界隈。 

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2006/10/31 11:56|未分類TB:0CM:0

大阪 中ノ島界隈。 

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地下鉄堺筋線『天下茶屋』駅から10分ほどで『北浜』駅に到着する。

地上に上がると中ノ島へ出た。

北浜、淀屋橋は商人の町大阪の経済の中心地。

ビジネスの世界には疎いので、街中に立つ燕尾服を来た爺さんの銅像はいったい誰なのか想像もつかないが、すっかり現代化したビル群の町並みにも歴史を感じてしまう。

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高校時代に馬鹿をやりすぎて、卒業したのはいいけれど、その後の進路についてはまったく白紙だった頃、ひとりここを訪れては川面を眺めていたっけ。

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10代のボクならば、こんな船に乗る仕事がしたいなあーと思ったのだろうか?

30代のボクは機会があれば乗ってみたいとは思う。

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中ノ島公会堂。

結局、ボクは大学へ行こうと思い立ち予備校の門を叩いた。

そのときの偏差値は38だった。

38

自分の偏差値を38にするまで、徹底的に遊んだのはむしろボクの誇りである。

人にはどんな形であれスタート地点がある。

ボクの人生のスタートは偏差値38である。

大学受験の断念を勧められるほど、受験生として最低のところからのスタートだった。

中ノ島公会堂にて、予備校の入学式が開かれた。

18の春、ボクはその列にいた。

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ここは中ノ島の憩いの場、バラ園。

近くには府立図書館があり、宮本輝はここの本を読み漁って小説を書いたらしい。

ぼんやり物事を考えるには、ちょうどいい公園だ。

ヘッセやバイロンを読んでは空を見上げて物思いに耽っていたボクが、かつてここにはいた。
2006/10/25 22:19|未分類TB:0CM:0

西成区 天下茶屋界隈。 

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昭和をそっくり残したままの風景に久しぶりに出会ったことがたまらなくて、最近この界隈をうろうろしている。

ボクの通勤途中の乗換駅に天下茶屋という駅がある。

大阪は西成区。

関西圏に住んでいなくとも知る人ぞ知る、なにかと悪名高い地区。

大阪市西成区。

赤井英和の出身地。今でいうなら亀田三兄弟の出身地。

チンピラとホームレスの町。

独特な界隈であり、地元の人間以外は西成区と聞いただけで寄り付かない地域かもしれない。

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細い路地が迷路のように入り組んでいて、この界隈は戦時下の空襲を逃れたため、古い家屋がそのまま残り、人間の生活の臭いを残している。

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人間の生活の臭いにはある種の共通点があり、上海の裏道を歩いても、ナポリの小道を歩いても同じ臭いがした。

ここもそれらとよく似た臭いがする。湿っぽい洗濯物の生乾きのような臭い、油の臭い、トイレの臭い、汗の臭い、塗料の臭い、それからなんだろうお風呂の臭い・・・。

いいにおいだとは言えないが、どこか懐かしい。
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スナック『ランバダ』

かつてこのスナックで毎夜のようにランバダが鳴り続いたのだろうか。

構えが割りに新しいところを見ると、ひょっとすると今夜もランバダで盛り上がってしまうのだろうか?

時間が止まって見える。
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街中を散策して気づいたことには、この町にはコインランドリー、銭湯、接骨院、安い定食屋の数が異常に多いということだ。

銭湯だけでも、ボクがふらっと歩いた小一時間で5件も発見した。

低所得で独身者の町を裏付けている。

商店街のうどん屋は素うどん一杯が250円、きつねうどんが400円。中華飯店は中華そばが400円、チャーハンが450円。理髪店は1000円台からあり、小奇麗に構えた美容院はシャンプー付きで2000円と、昭和40年代のような安さである。

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商店街をしばらく歩いた。

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商店街を抜けると住宅街へと入り、少し抜けると「天下茶屋聖天尊」というお寺に遭遇した。

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大きな鐘もあり、お寺であるはずが、鳥居や狛犬がいる。

大阪は南の四天王寺も同様で、親鸞聖人の像があるかと思えば大きな鳥居がある。

これは明治の思想統制で神仏分離政策が行われた以前のままの姿を残しているという証拠で、相応に古めかしい佇まいだ。

神も仏も同じ、という昔の日本人のおおらかさが好きだ。

そしてこの町の佇まいも、チンピラとホームレスの町と言われるわりには、おおらかで居心地がいい。

商店街を歩いていると、前を歩く老婆に、酒屋や肉屋、本屋の主人が一言づつ挨拶をしていた。

今でもこの界隈では、夜も戸締りをしないのだそうだ。

現代の日本が抱える病巣は、少なくともこの低所得者の町には、当てはまらないようである。

2006/10/25 16:31|未分類TB:0CM:0

宝ヶ池2006.10.20曇り 

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先日、このブログ『たまりみず』の発祥の地となった『宝ヶ池』を再訪した。

池・・・である。

江戸時代に灌漑用に造られた人口のため池。

池の名前の由来などは何も知らないが、池というのはそもそもが宝の山であり、エネルギーの集積するところであるという認識。

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池の中には大量の鯉がいて亀がいてアメンボウやら水棲昆虫がいて、もちろんプランクトンがうじゃうじゃいて顕微鏡の解像度を上げれば上げただけいろんな生き物がいるのだとわかる。

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水面には野鳥。ボクは別に博物学の専門家じゃないのでアヒルやガチョウや白鳥の区別もつかないのだけれど、そんなことはどーだってよくて、名前を知らない人とだって一晩語り明かすことだってできるのだから、この鳥らとだって仲良くできる。

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そしてこいつ。猫。身寄りの無い年寄りの小汚い猫が池の水をペロペロと飲んでいたのだけど、その水の中には猫より大きな鯉が何匹もいて、突然食われやしないかと見守ってしまった。

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あまりになつくので、頭の上に葉っぱを乗せてみた。
ウチの息子が言葉を覚えたての頃、遠くの方から「おーい、葉っぱぁ!」と呼び止められ「え?ボクのことそれ?ボク葉っぱ?」と斬新な貶し系ギャグを発見したりとして、ひとりでかなりウケてしまった事を思い出す。
葉っぱ。。。こいつにはよく似合った。

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何枚も乗せてみた。

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そのうち隠してみた。

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カマキリの美しさって猫の美しさと似ていて、自慢のカマを手入れするしぐさがなんとも言えず愛らしいというか、狡猾なところもあって見ていて飽きない。

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宝ヶ池周辺は大きな公園になっていて、地元の人の憩いの場所になっている。ジョギングする人、野鳥の写真を撮る人、ギターを弾く人、漫才の練習をする人、老人はベンチに座って、いつから話し込んでいるのやら。

公園内には野鳥の森というのがあり、バードウォッチング用の隠れ家があったり。

山道をしばらく散策した。

昔の人は何も知らなかったから、自然界にあるものを恐れ、恐れがいつか畏敬に変わり、土着の自然信仰が生まれ、あらゆるものは神になった。

ただ、昔の人だって人間がもっとも知恵ある生き物だということくらいわかっていたはずなんだ。

今、現代に生きるボクだって、森の中に一度足を踏み入れたら、自分の命を脅かす生き物がたくさん棲んでいることくらいはわかる。

ボクらはカマキリのカマにさえ、恐れをなして指を出すこともできないんだ。

そう思うと、ボクらもまた、自然界の一部なんだと、素直に思えてくる<る。
2006/10/21 21:26|未分類TB:0CM:0

ぶり大根語録 総集編 

ある方のブログ上で繰り広げられたボクの『ぶり大根』語録をまとめてみました(汗)
ボクのぶり大根にかける情熱の一端を感じ取っていただければ幸いに思います。



大根とぶりの運命の出会い。奇跡のハーモニー。ああぁ、ロミオとジュリエットが螺旋のように絡まりあい濃密で深遠な味わいを生み出している。大根が先かぶりが先か、いや世界はこの両者で成り立っているのだ(謎)
2006/10/16(Mon) | まついろんど | URL | Edit | top▲



ぶり大根と出会ったあの日のことを忘れない。私は世界の頂に登り、歓喜のあまり野蛮な咆哮を繰り返したことだろう。
2006/10/16(Mon) | まついろんど | URL | Edit | top▲



もしこの世から、ぶり大根が無くなれば私は絶壁の淵でもがき崩れ、額を地面に打ちつけながら絶叫するであろう。
「神よ、なぜあなたはわたしからぶり大根を奪ったのですか」と。
2006/10/16(Mon) | まついろんど | URL | Edit | top▲



私が「ぶり」といい
あなたが「だいこん」という
その呼吸があたたかい
2006/10/16(Mon) | まついろんど | URL | Edit | top▲



ろんど 「これはだいこんである」
源さん 「いいえぶりです」
ろんど 「だいこんだ」
源さん 「ぶりです」
ろんど 「大根」
源さん 「鰤」
ろんど 「大根、大根、大根」
源さん 「鰤、鰤、鰤」
ろんど 「大根×5」
源さん 「鰤の10乗」
ろんど 「大根×1兆倍」
源さん 「鰤の200乗」
ろんど 「天文学的なブリだね(汗)」
源さん 「天文学的な大根ですね(汗)」
ろんど 「今日のところは引き分けだな」
源さん 「はい、引き分けと致しましょう」

    「あのぉー引き分けとかって!(σ≧∇≦)それぶり大根だよ?」

ろんど 「えっ?」
源さん 「ええっ?!」
ろんど 「ぶり大根らしいな(滝汗)」
源さん 「そのようですね(滝汗)」
2006/10/17(Tue) | まついろんど | URL | Edit | top▲



隠し事ばかりの人生なんてもううんざりなんだ。
オレ様の人生はもっと世界へ開かれ、オレ様は花道だけを闊歩する。
そうだ、もうたくさんなのだ。
熱きこぶしを振り上げ、血をたぎらせ、オレ様は真正面を向いて大声で、この大聴衆の前で公表しよう。

「私はぶり大根が大好きです!」と。
2006/10/17(Tue) | まついろんど | URL | Edit | top▲



ぶり大根、それ即ち問いであり答えである。
ぶりと大根の奇跡の融合が世界を平和へと導くだろう。
ぶりが欠けても、大根が欠けても成立しないのだ。
ぶりと大根が手と手を取り合い、共に歩み未来を拓こう。

そうだ、われわれはぶり大根チルドレンなのだ!!
2006/10/17(Tue) | まついろんど | URL | Edit | top▲



と、こんなことで私の情熱は!

篤学の志が折れるはずはなかろう!

ああぁ!体が熱い!ぶり大根が私を呼んでいる!
2006/10/18(Wed) | まついろんど | URL | Edit | top▲



このぶり大根がおいしいね

と君が言ったから

今日はぶり大根記念日。
2006/10/19(Thu) | まついろんど | URL | Edit | top▲

てか、サラダ記念日のパクリである(笑)

2006/10/19(Thu) | まついろんど | URL | Edit | top▲



ろんど「ところで君。しりとりでもしませんか?」
源さん「ほほぉー、なんとも趣がありますなあ」
ろんど「では、私から」
ろんど「ぶり」
源さん「リコーダー」
ろんど「だ・・」
ろんど「だいこん」
源さん「あっ」
ろんど「ああっ!(汗)」
2006/10/19(Thu) | まついろんど | URL | Edit | top▲



先日、ろんどさんと餃子の王将へ行ったのですが。。。

源さん「何になさいます」
ろんど「ぶり大根である」
源さん「さすがに中華屋には置いてないと思いますが」
ろんど「ぶり大根!」
源さん「だからメニューにないですってば(汗)」
ろんど「ぶり・・・」
源さん「ぶりって中華の食材なのかな?」
ろんど「だいこん」
源さん「時間差ですか(汗)」
ろんど「うむ。ぶり大根」
源さん「まったく困った人だなあ」
ろんど「ぶりぶり大根」
源さん「ぶりの数を増やしたって無理なもんは無理ですから」
ろんど「ぶりだいこんこん」
源さん「だからー」
ろんど「ぶり大根」
源さん「真顔で言ってもダメ」
ろんど「ぶぅーりぃー?」
源さん「すねてもダメですって」
ろんど「ぶり大根持ってこーい!」
源さん「突然大声だしても無理無理!」
ろんど「ぶり大根!持ってこーーい!」
源さん「お店の人も困惑してるじゃないですか(汗)」
ろんど「ブリダイコン・・」
源さん「小声で言えばいいってもんじゃない」
ろんど「クスクス・・」
源さん「クスクス笑う人なんかいない」
ろんど「ヒソヒソ・・」
源さん「もはや意味不明。とりあえずチャーハンセットでいいですか?」
ろんど「ぶり大根がなければ、さば大根」
源さん「だから中華屋ですってば」
ろんど「じゃイカ大根は?」
源さん「単なる大根好きなんじゃ・・」
ろんど「いや、私はぶり大根好き以外の存在足りえない」
源さん「お店出ます?(汗)」

店主「へい、お待ちどーさま」
源さん「ぶり大根?!」
ろんど「おぉぉ、この身とこの命よ!」
源さん「いちいち大げさなんだよなあーこの人」
ろんど「食するぞぉ!」
源さん「はい、師匠!」
2006/10/20 01:05|未分類TB:0CM:6

最近の日課。 

このところ、どうもここをサボり気味なのは今に始まったわけではないが、あるいは無趣味のボクにも日課というものがあり、それであまり時間がない。

とにかく休みのたびに、狩りへ出かけなければならず、たとえ雨が降ろうが風が吹こうが、狩りへ出かけること自体に変更はない。

先日はやはり雨が降って、ズボンはおろか靴の中までびしょびしょで、こんなことなら飼わねば良かったと後悔したが、今更後にも引けずまったり時間は流れて今に至っているという近況だ。

世話を焼かせるヤツなのだ。

とか言いつつも、なんだか夢中になっている自分が確かに自分の中にはもう一人いて、草の匂いやら花の匂いやらがなんだか心地よくて本来は虫嫌いでもなかった遠い昔のことを思い出してみている。


確か小学校五年生の夏休みだった。

夏休みには自由研究という宿題がつきもので、今のお子たちはどうだか知らないがボクらの世代は必須で、例え他の宿題をやらなくても自由研究だけはなぜかきっちりとやった。

バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発のあった1985年、阪神タイガースは優勝した。

他のお子たちの例に漏れず、ボクも毎日阪神帽をかぶって登校したもので、今に思い返せばいかに熱狂的なファンであったとしても、決してセンスのいいとは思われぬ帽子をかぶり続けたことはボクの人生の大きな汚点だ。

というわけで、小学校5年生前後のボクの写真はあまり現存していない。

とにかくその夏、淡路島の別宅へ行った際、山の中でカマキリを捕まえた。

まだ羽の生えそろっていない幼虫で、自慢のカマも弱弱しく透き通った緑が美しいカマキリの子供。

1.5Lの空のペットボトルに入れて、尼崎まで持ち帰った。


1985年当時の尼崎はというと、公害都市の名残をあちこちに残し、喘息患者がクラスメイトに何人もいるといった有様で決して環境が良かったなどとは言えない。

都市郊外の工業地帯、商業地帯に、昔ながらの長屋住まいが所狭しと寄せ合い詰め合い、市内に山はおろか草原もなく、ボクらは自然に触れる機会が非常に少なかったのだが、ボクの実家の近辺には猫の額ほどの草っぱらがあり、ボクはそこで毎日のように阪神帽をかぶりながら虫網を振り回したことになる。

幼虫のカマキリの餌というのは、せいぜい蝿かハエトリ蜘蛛でボクの網にかかるのはハエばかりで、たまに自宅の中で見つけたハエトリ蜘蛛を与える程度だった。

少々残酷だと思われるかもしれないが、カマキリが虫を捕らえて食べるのを観察するのが好きで、ずっと見ていられた。

自由帳に絵を描いて観察日記をつけた。

知らぬ間に夏休みの自由研究になってゆく。

夏が終わりに近づく頃、カマキリは脱皮をして羽が生えた。

ボクが育てあげたカマキリはコカマキリという小型のカマキリだった。

成虫になってからはバッタを与えた。

夜になると目を真っ黒にして、動きが活発になる。

カマキリは夜行性なのだ。

こうしてひと夏、わが子のように育てたカマキリが秋が深まった頃に亡くなったときには、たかが虫けら一匹、とは思えなかった。



ただいま、コカマキリの成虫を二匹飼育している。

鴨川の河川敷には、まだまだ自然が豊富でものの10分もあれば虫かごいっぱいのバッタが獲れる。

ムシキング以来、虫に非常な感心を示す息子は、毎日カマキリを観察している。


世の中には「一寸の虫にも五分の魂」という言葉がある。

そしてその対岸に「食物連鎖」という言葉もある。

どちらの考えも正しく、しかし一見すると矛盾しているようにも感じられる。

カマキリはバッタを食べなければ生きてはいけない。

死んだもの、動かないものには決して手を出さない生き物だからだ。

カマキリにはカマキリの役割がある。

食物連鎖とは地球上の生命活動の大きな仕組みだ。

その仕組みについては感傷的な解釈もあるだろう。

いろんな解釈があるだろう。

だが、事実は事実として厳正に受け止めるべく教育をボクはしたい。

メルヘンはいらない。

どうせなら現実の中で可能な限りの夢をみせたい。

2006/10/11 23:55|未分類TB:0CM:8

ちゃうちゃうちゃうんちゃうん 

「ちゃうちゃうちゃうん?」
「ちゃうちゃう」
「ちゃうちゃうちゃうん?」
「ちゃうちゃう、ちゃうちゃうちゃうんちゃうん」


上記の会話文がすんなり理解できた人は紛れも無く関西人であることだろう。

以前、『探偵ナイトスクープ』で取り上げられていたのを思い出した。

そーいえば、関東ではずいぶん前に放送が打ち切りになったとか。

確かに、昨今のナイトスクープはマンネリ化が進み、さすがの関西人からも飽きられつつあるわけだが。。

探偵の顔ぶれの中に越前屋 俵太がいなくなってからというもの、ボクもたまの暇つぶしに観る程度となった。


だが、関西ではまだまだ根強い人気があることも事実。


小枝や寛平を見ているだけで、金曜の深夜、なんだか和んでしまうのだ。

関西にはそんな番組が多い。

特に観なくてもいいしくだらないんだけど、くだらないと思いつつテレビを付けると、ついついぼんやり観続けてしまう。「ほんわかテレビ」や「クイズ紳助君」「痛快!明石屋電視台」などなどの深夜番組がそれだ。

どんなくだらないギャグでも、10回以上連続してしつこく聞かされると、なんだかクスっときてしまう。

そのコテコテさ加減が、我々関西人にとっては「イイカンジ」なんだろう。

何度観ても、同じところで笑ってしまうのだから、一度完成してしまえば芸人の息も長い。

大木こだま&ひびきは、登場した瞬間から笑ってしまう。



ところで寛平ちゃんについて、面白エピソードを発見。

引用してみよう。


(省略)~その反面、お人好しと無知が災いして次々と他人の借金の連帯保証人になる他、アメマバッジの失敗により多額の借金を背負う(現在は完済)。

アメマバッジの件では、バッジを製作した会社から費用の不払いのため訴えられて裁判沙汰となる。

この口頭尋問で、裁判官から「『アメマ』とは何ですか?」と訊かれ「『ア~メマァ~・・・』です」と答えたら、

再び「ですから、『アメマ』とは何ですか?」と訊かれたため、再度「『ア~メマァ~・・・』です」と答えた。

このやり取りが尋問中何回も繰り返された。

なおアメマバッジは、「いつみても平平凡凡」に出演したゲストにプレゼントされ、「痛快!明石家電視台」で会場の観客にもプレゼントされていた。

※「アメマ~」とは、本人いわく幼児が母親に対して言う「あ~ママぁ・・・」が転じたもの、とのことである。




うむ。さすが寛平ちゃん。

関西人の本質を付いた笑いであると言えるだろう。
2006/10/01 02:30|未分類TB:0CM:5

プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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