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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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人が好きだということ 

青少年の自殺者が急増したのか、それともマスコミによる露出度が上がったのかはよく調べたわけではないのでわからない。

ただ、毎日のように自殺してゆく子供が後を絶たない現状は確かにある。

いじめが原因だのなんだのと騒ぎたて、仕舞いには校長先生まで自殺者が複数出る始末で、今の子供らはいったい何を信じていいのかわからない、漠とした大きな不安に付きまとわれている。


ニッポンのメディアの昨今の動向は、つまり聖職者と呼ばれる人間たちを次々に吊るし上げた。

政治家、宗教家、警察、教師、公務員・・・

確かに腐敗した部分というのは、多分にあったには違いなく、第4の権力を自負したいマスコミにとっては恰好の餌食だった。

餌食となった人が悪いのは言うまでもなく、マスコミが行ったことは正しいと言わざるを得ない。方法はともかくとして。

ただ、そういったことの全てが、子供達には大きく寄りかかってしまっているんじゃないかと思うのだ。


いったい誰を信じればいい?

人混みの中に立ち尽くし「ここにいる全ての人が信用できない」と思ったとき、いいようの無い孤立感に覆われてしまうのではないだろうか?


命というのは、君だけのものじゃない。

少なくとも、君を産んで育ててくれた両親のものでもあり、かわいがってくれた祖父母のものであり、一緒に育った兄弟のもの、仲良くなった友達のものでもある。


ボクは人の親であるから、自分の息子が仮にも自殺したいなどというものなら、その発言自体を許さないかもしれない。

ただし、これは親であるボクの視点でしかない。

命というのは、君だけのものじゃない、と息子に諭したところで、どうだろう?

単純に納得する子供は自殺などしないだろう。

どこか歯が浮いたようなセリフになってしまう。


人間とは、もともと不完全だ。

何か信じるものが無ければ、自己を形成してゆけない。

それは大人になってもそうで、常に不安と戦っている。

今の子供達が軟弱であるかというと、そうじゃなくて、子供というのは軟弱である。



ある人の話をしたい。

彼は定時制高校に通う貧しい学生だった。

昼間は印刷工見習い、湾岸労働者、電気溶接工、組合書記など職を転々としながらも苦学して大学へ進学した。

その彼は強い子供だったのか?というとそうでもなく、いつもいつもそんな環境から逃れたいと願っていた。

幼い兄弟を置いて、どこか自分のまったく知らない土地へ出掛けたいという願望を持ち続けた。

そのことは『我利馬の船出』という小説の中で描かれている。

大学を出て小学校の教師になった。

子供が好きだという、単純な理由を抜きに、子供というのは人間の中で一番面白い存在であり、時に思想家であり宗教家であり、いくら観察していても飽きない存在。作家として人間を描くとき、なにより興味を持ったのは子供たちだった、との理由からだと告白している。

作家として、書くことの意味を見つけた今では稀な作家だった。

17年間教師の仕事を続け、退職して世界各地を放浪した。

当時、戦後の貧しい中で共に生きて来た兄を自殺により失っている。

兄の死が原因で神経症を発病してからの、命の尊さを問う自問自答の旅だったに違いない。

彼は弱い人間だったと思う。

少なくとも、無神経に生きていられる人ではなかった。

その後、数々の児童文学を発表し、メディアの露出度の高い作家となり活躍をすることになった。

彼を一躍ときの人にしたのは、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件だ。

新潮社『フォーカス』は当時中学3年生だった容疑者の顔写真を公開した。

彼は「加害少年も保護されるべき存在」であるとして、新潮社に対して猛烈な抗議をし、版権を引き揚げ絶縁している。

これにより、彼の作品が一時期書店から消えた。


そして時代は流れ、彼は忘れ去られたかのようにメディアでの影響力は弱まってゆく。


先の11月23日未明、児童文学作家 灰谷健次郎さんが亡くなった。

生前は最期まで、自殺してゆく子供達に胸を痛め、子供らのために自分は何かできないを問い続けたという。

彼はもともと強い人間だったかというと、そうではない。

彼を強くしたのは子供であり若者であり、人間が好きだ、ということである。

彼は何を信じたのか?

人間は面白い存在であり、自分は人間が好きだ、ということを信じたのだろう。

少年Aの事件以降、時代はますます良くない方向へ傾斜している。

児童虐待が頻繁に起こり、親も信じられない時代になった。


だけれども、ボクらは強く生きていかなければいけない。

いつまでも、灰谷さんのような強い人に頼るばかりじゃ、一向に世の中はよくならない。

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2006/11/30 00:32|未分類TB:0CM:0

 

CIMG2024.jpg

息子を保育園に迎えに行った帰りに、ちょっと寄り道。
まだ完全に見頃というわけじゃないけど、けっこう綺麗になってた。
この景色を息子に見せると「わぁ!」と感嘆したあと「これは綺麗な葉っぱ、という名前や」と言った。
うむ。正しい解答。美しいものを前にして、それ以上の感想があろうか?

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暮れかかった空と紅葉と。
写真では上手く撮影できなかったけど、ぼんやりと浮かぶ紅葉も悪くない。

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日が暮れかかっているというのに、観光客がまだまだたくさんいた。
やっぱ京都って特別なところなのかなあ。
2006/11/23 22:04|PHOTOTB:0CM:0

京都 鞍馬寺 

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2006/11/09 14:54|未分類TB:0CM:2

プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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