FC2ブログ

旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

アクセスカウンター

無料カウンター出会い出会い映画SEO出会い出会いSEO対策SEM TODAY: YESTERDAY:

最近の記事

カテゴリー

全記事(数)表示

全タイトルを表示

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

新管理メニュー

WEBコンサルティング joomlaでホームページ制作 ブログパーツ制作

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- --:--|スポンサー広告

きっしゃんどこや 

きっしゃんどこや。

どこやどこや、どこへ行ってしもたんや。

おい、きっしゃん、早よ出てきいな、なあきっしゃん。

お前、きっしゃんがどこへ行ってしもたか知らんか。

知ってるくせに知らんいうたらあかんで。

わいはきっしゃん探しとんねや。

きっしゃんのやつどこへ行ってしもたんや、ほんまにもう。

きっしゃん、きっしゃん、きっしゃん、言うたらひょいと出てきてくれるかな。

きっしゃんて大きい声でゆうてみたり、小さい声でゆうてみたりしたら、出てきてくれるやろか。

なんでっかいな、源さんいうてマンホールからぬーっと首出して笑ってくれるんかいな。

早ように出てきてくれたらええのにな。

きっしゃんどこや、どこやどこや、どこへ行ってしもたんや。

知らん町の飯場で味噌汁炊いとんちゃうやろな。

知らん町の男に悪戯されとんちゃうやろな。

きっしゃんがのーなってしもて、わいはもうあかん。

目覚ましあっても一人で起きられへんのやで。

寒くて寒くてひとりやったら寝られへんのやで。

飯も風呂も便所はちゃうけど、いっつも一緒やったきっしゃんがのーなってしもて、わいはどーしてええかわからへん。

なあ、きっしゃん、どこへ行ってしもたんや、ほんまに。
スポンサーサイト
2007/01/21 10:23|習作倉庫TB:0CM:0

07.01.13.深草西浦町 界隈 

20070115001822.jpg

20070115001834.jpg

20070115001850.jpg

20070115001911.jpg

20070115001951.jpg

2007/01/15 00:20|PHOTOTB:0CM:0

ゴスペルの流れた日 

年末の慌しい最中、昨年の暮れは気持ちのいいひとときがありました。

ボクが勤めるお店は、駅ビル一階のワンフロアーを大きく占めるメインテナントなのですが、そのお店の前には広場があり、週末の度に大道芸やらマジックショーやら、工作教室やらのイベントが催される会場があります。

太陽の広場。

そこでクリスマス・イヴの日、ゴスペルの合唱コンサートがありました。

ゴスペルというと、クリスマスにしか聴いた記憶が無いのですが、学生時代はクリスマスのたびに、神戸のハーバーランドへ出掛けては、街頭で催されているゴスペルコンサートを聴くのがボクの中でのイベントになっていました。


ゴスペルを歌うアマチュア団体の彼らの年齢層は実に様々です。

学生風の若者もいれば中高年の方もいる。

色んな年齢層の男女の、普段の日常生活では接点の無いであろう彼らが、歌によって結びつき、ステージの上で熱唱している。

どの顔もみんな楽しそうで、歌うことが大好きな人の集まりです。

太い声もあれば細い声も、高い声もあれば低い声も入り混じって、しかしきっちりまとまっていて、それは美しいハーモニーです。


プロである必要などありません。

歌を伝えることにとって、技術はたいした問題ではありません。

歌うことを楽しみ、楽しい歌を聴かせることは幼児にもできることです。

歌うことが大好きならば誰だって参加できます。

そうして集まったのがゴスペルを歌う彼ら彼女らだったのでしょう。


ボクのお店にやってきた方々も、実に素晴らしいコンサートを開いてくれました。

店頭に立つ傍ら、ボクはじっと耳を澄ませて聴いていました。

じんわりと、しかし強い衝撃とともに胸が熱くなって、自然と涙が滲んできました。

いちスーパーの店員のボクが、店頭で泣き出すのも憚られるので、ぐっと我慢しつつ、それでも涙が出てきました。

感動という単純な言葉では表現できませんし、涙が出た理由などわかりません。

言葉というのは、このようなものを目の当たりにしたときは不器用で、一切合財の巧みな表現を駆使しても、もはや表現のしようのない境地があります。

音楽を聴いたとき、絵画を見たとき、ボクは自分の表現の乏しさを考える前に、言葉による表現をしようとすること自体において、間違っていると判断してしまいます。

音楽が、絵画がそこにある、ということの価値は、言葉によって表現できないことにある、とも言えると思うのです。

すべての美しさには本来、意味などないのです。

そして意味などない、ということを知ることこそが、音楽を絵画を芸術を知ることなのでしょう。

このような世界では、多くを語る者は多くを知らぬ者であるケースが多く、饒舌なアーティストの作品には、大切な何かが欠けているようにも思います。

言葉を大切にする一方で、言葉に逃げないあり方が必要かと思います。


感動こそがこの世でもっともゴージャスなことなのだ、ということ。

その感動とは、日常生活において、様々な場面で存在しています。

よーく観察してみてください。

発見できた者だけが受け取れる贈り物が、この世の中には、まだまだたくさんあり、毎日生まれ続けているのです。

2007/01/04 17:19|未分類TB:0CM:0

2007.01.01 

皆様、あけましておめでとうございます。

新年をどのようにお過ごしでございましょうか。

ボクは昨夜の仕事納め後、実家に帰り家族と紅白を観ながら早くもおせちを食べ、親父と弟といっしょに深酒をして二日酔いで、本日は一日中頭痛がとれません(苦笑)

何年ぶりかで、「ゆく年くる年」を観ましたが、相変わらず暗い新年の幕開けです。

言葉を変えれば厳かで。

日本人は厳かなのが好きです。

ところで、新年を皆様で「おめでとう」と交し合う文化はすばらしいと思います。

新年をおめでとうで迎える。

友人、知人、家族に同僚と、あまり面識の無かった人ともおめでとうと交し合う。

新しい一年のスタートです。

祝福で迎えた本年も、すばらしいものになることを願っています。

せっかく、おめでとうで始まった一年。

皆様ひとりひとりの力でより良い社会を積み上げていければいいなと思います。

今年は団塊の世代一斉退職の、いわゆる2007年問題のある年ですね。

今こそ、日本社会は一致団結して、助け合っていくべきときなのだと思います。

社会を変えるのは、内閣でも国会でも財界人でもなく、我々ひとりひとりなのだということ。

国として、あるいは世界住民として、社会全体の総合力を上げるよう協力し合って生きて行けたらいい。

安倍総理には、もっともっと人々に協力を呼びかける発言を、リーダーとして行なってもらいたいです。

ひとりの人間の力はちっぽけです。

どの総理もダメだと言って、責任を押し付けて切ってしまっても、ボクらに何のメリットもない。

総理に仕事をさせるのも、ダメにするのも国民です。

幾多のスキャンダルもあるでしょう。

間違いもあります。

揚げ足をとって潰すことは簡単に出来る。

だけど、いったい何のメリットがあるんでしょうか?

決まり事は守らなければなりませんし、論理や理屈も大事ですが同じに大きな足かせにもなります。

本当に大切なことは何なのか?

最善の方法がすぐに選択できる、フットワークの軽い社会にしていきましょう。

それができるのは、普通の一般人のボクらだけですね。

少なくともボクはこういった意識で生きていきたいです。

今年も。
2007/01/04 01:50|My だいありーTB:0CM:0

プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

Copyright(C) 2006 たまりみず All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。