FC2ブログ

旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

アクセスカウンター

無料カウンター出会い出会い映画SEO出会い出会いSEO対策SEM TODAY: YESTERDAY:

最近の記事

カテゴリー

全記事(数)表示

全タイトルを表示

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

新管理メニュー

WEBコンサルティング joomlaでホームページ制作 ブログパーツ制作

小室初公判と金融危機 

gnd0122009-p3.jpg
5億円詐欺事件の小室哲哉被告の初公判が大阪地方裁判所で行われた。

一時は100億円以上といわれた資産も17億の借金へと転落の末の詐欺事件。

絵に描いたような転落人生だ。

銀行の預金通帳には10億円までの記載しかできず、いったい自分はどれほどお金を持っていたのかわからなくなっていた。。。という。

これとまったく同じことが、国家単位で起こってしまったのが今のアメリカなんだろう。

有価証券やら先物やら現金でないものに価値をつけて、未来の富を先食いしてしまった。

現金が見えなくなった末の結末。

小室の事件は、国がいかにして滅んでゆくのか?を示した恰好のモデルだ。


スポンサーサイト



2009/01/22 22:36|ニュース&時事を語るTB:0CM:0

2009.01.17 

二日酔いの頭痛で、布団の中からなかなか出られない。

昨日は三宮の飲み屋でしこたま飲んだ挙句、なぜかマティーニが飲みたくなって、地元に戻ってから駅前のバーで深夜まで飲んだ。

初めて入るお店だったが、レンガ造りの古びた店内と初老のマスターひとり。

そして初老の常連客がひとり。

静かな店内だった。


ボクの布団にもぐりこんで来た息子がボクをゆすり起して言った。

『今日、テレビを観て感想文を書かなくちゃいけないんだ』

『いったい何の感想?』

『地震の・・・』

そうか、今日は1月17日だった。

阪神淡路大震災から丸14年。

あれから14年。

昨日のことのようであり、ずっと昔のようでもある。

我々兵庫県民にとっては脱線事故同様、決して忘れることの出来ない大事件。

ここ尼崎でも49名の方が亡くなった。

古い家屋が多い下町のため、全壊した民家から死者が相次いだ。

うちの実家はなんとか持ちこたえたが、地震が収まりきるまでは、そのときはっきりと死を意識したものだ。

尋常ではないほど、家全体が大きく揺れた。

電気、ガス、水道は止まり、電話も不通になった。

部屋で飼っていた熱帯魚の水槽が落ちて部屋中が水浸しとなり、本棚が全て倒れてもう一歩のところで本棚の下敷きになるところだった。

家中の家財道具全てがひっくり返った。

その日の朝方、落ち着いてから、部屋の炬燵で丸くなってしばらく寝た。

とても寒かった。


情報が遮断される怖さ。

被災者にとって何が怖いといえば、自分たちの周囲でいったい何が起こったのかわからないことだと思う。

テレビもケータイも通じない。

まわりにいる人の噂話が全てとなる。

実際、ボクらが長田区の大火災を見たのは、震災からずいぶん後のことだ。

当時大学生だったボクは、そのときの様子をボーヴォワールの著述から引用して書いた。

これはまったくナチスに占領されたフランス人と同じだと。

ナチスに占領されたまさにそのとき、フランス市民は何食わぬ顔でビフテキを食べていた。

何も知らないとはそういうことだ。


阪神大震災とは、ボクにとって情報が遮断される恐ろしさを思い知った貴重な体験でもある。

2009/01/17 14:40|My だいありーTB:0CM:0

成人の日 

自分の成人式の記憶を手繰り寄せる。

高校を卒業して2年。

2年ぶりに会った級友たちと同窓会ノリで、市が用意した講堂には入らず、いつまでも表で話し込んでいた。

14年前か。

尼崎市の成人式には、吉本芸人の西川のりおが来ていて、なにやら人生を語っていたが、ちらっと見ただけで何を言っていたのか記憶にない。

とにかくその当時、ボクは大学生で、初めて個人旅行で海外へ行った年であり、学内で立ち上げた創作文藝会というサークルの代表であり、週に6日は深夜までアルバイトをしていたり・・とめまぐるしく忙しいが充実した日々だったように思う。

同人誌で最初に発表した小説を書いたのも二十歳のときだったかな。。

あれから14年。

うんざりするほど馬鹿なことばかりやって生きてきたが、馬鹿なことをたっぷりやった人間は、やはり馬鹿にしかならないということが、30代になってようやく実感できてきて、今に至る。



今の新成人に『もし総理大臣になったら何をする?』とマスコミが質問をぶつけていた。

経済対策、雇用の安定、少子化対策・・・。

若い回答だ。具体策の回答なし。


ボクなら、なんと答えるかな。

いっそ思い切って鎖国でもしてみますか。

インドやロシアとだけ取引して欧米は無視する。

悪くなってゆくとこと付き合ってもしょうがないしさ。

ま、それもこれも内需拡大あってこそ。

自給率を上げてから、はじめて他国と渡り合えるんじゃないの。


ってのは極端だけど、大改革を行わない限り、直近の景気回復なんてありえないよなあ。

政治家が足を引っ張ってるんだから、どーしようもない。

行政評価は難しい問題だけど、一国の首相になる人物は、まず都道府県の知事になって、ある程度の成果を出してから選出すべき、ってな条件をつけるといいよ。

そのかわりと言っちゃなんだが、首相にはもっと大きな権限を与える。

ボクは今の日本の政治を見ていて、話し合いで出た解答がもっとも優れている、とはとてもじゃないが思えないね。

0点の奴らがいくら集まっても0点だよ(笑)

一国の未来を一人の人間の決断にゆだねる。

それでいいじゃない。

そーなりゃ、今よりは政治に関心を持つ人は増えるんじゃないかな。

少なくとも、もっと真面目に首相選びに口を挟むだろうさ。
2009/01/13 02:34|My だいありーTB:0CM:0

宝くじ 

去年の年末に宝くじを買った。

もちろん年末ジャンボ宝くじだ。

上手い具合に当選してしまうと、たちまち億万長者の仲間入りだ。

葉巻とリムジンとコニャックと美食の数々、それからたくさんの美女がボクを待っている。


・・・と考えるが、金持ちのイメージというのは、なんだかピンと来ないもんだ。

金持ちになった経験が無いから仕方ないが、いざ金持ちになったらなったで、実はどうしていいかわからないのかもしれない。

特に、年を重ねるにつれて物欲というのが、どんどん薄れていって、欲しいものがまったく思い浮かばないんだよなあ。

三十代半ばの、まだたいした年でもないんだが、結局何かを買うことで得られる幸福、どこかへ行くことによって得られる幸福って、実はたいした魅力が無くて、一切何も所有しない生き方も大いにアリなんじゃないかとさえも思えてくると、ますます何も欲しくなくなってくる。

100万のバッグやら1000万の腕時計やらを持って1ヶ月以上喜びに耽るほどボクの頭は単純に出来てないし。残念ながら。


もし3億円当たったらどうするか。

誰にも内緒で自分口座の普通預金にでも入れておいて、何食わぬ顔で毎日出勤するだろう。

ま、昼飯ぐらいは店のスタッフを引き連れて、ちょこっと豪勢に美味いもんでも食うだろう。

思えば、スーパーの店長って職位さえ、何億積んだってお金じゃ買えないんだしね。

お金じゃ買えないものにこそ価値がある、って使い古された言葉があるけど、まったくその通りだ。

金で苦労さえしなけりゃ、あとはいくら持ってたって一緒。


年末に飯島愛が死んだ。

なんか死に方もさびしく哀れだな。

彼女、億万長者じゃなかったっけ?

幸福とお金は、近いようで遠い関係なんだね。


とは言いつつ、結局ボクの宝くじは300円の価値しか無かったわけで。

はずれてみると、なんだか損した気分にもなり。

それでもやっぱ、また買うだろうな、宝くじ。
2009/01/11 00:11|冒頭のUTATB:0CM:2

プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

Copyright(C) 2006 たまりみず All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.