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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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【R☆S】夏と花火と私の死体 

夏と花火と私の死体 夏と花火と私の死体
乙一 (2000/05)
集英社

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乙一の小説を読んだのはこの作品がはじめてだけど、とりあえずは、よく書けている力作だと思った。

この作品が発表されたのは、作者が17歳で高校生。この作品を書いたのは16歳の頃だという。

文庫本の解説で小野不由美が、文芸評価に年齢は関係ないと書いているが、まったくその通りだと思うし、ボクもそういう目でこの小説を読んだ。

田園風景広がる地方の村の夏を舞台に、健、弥生、わたしである五月が織り成す4日間の物語。

幼馴染の健が好きだと告白したわたしは、同級生であり健の妹である弥生に、あるとき木の上から突き落とされて殺されてしまう。

わたしが死んだところから、物語が始まる。

現場を健に目撃された弥生はとっさに嘘をついた。

「一体全体どうしたんだ、弥生?」
まるで子供を泣きやませるように、弥生ちゃんと死体に優しい微笑を向けて、健くんはそう訊いた。そしてわたしに近寄りながら言った。
「五月ちゃん、死んでるじゃないか。弥生、泣いてちゃわからないだろ、何があったのか話してみなよ」
私が死んでいることを簡単に確認してから、健くんは笑みを浮かべたまま弥生ちゃんに言う。その笑みを見て、弥生ちゃんを泣きやみ、それでも苦しそうに、ぽつりぽつりと涙声で言った。
「あのね・・・いつもの枝でお話してたらね・・・五月ちゃん滑って落ちちゃったの」
「そうか、滑って落ちちゃったのか。それじゃあ仕方ないさ。弥生はなにも悪いことなんかしてないんだろ、だから泣くのはやめなよ」



死んだことがお母さんに知られては悲しむだろうし、死体を隠してしまおうということになり・・健と弥生の死体隠しの物語が始まる。

作品中、終始、殺された「わたし」の一人称によってお話は進む。

ただし幽霊になった「わたし」の視点ではなく、いわば群像劇を描くように、健と弥生と大人たちを一人称の「わたし」の視点で描いたのは、他の小説にはあまり見られない手法だ。

文庫の解説でも触れられているが、小野不由美は「わたし」という自称を持った神の視点、と評価した。

ただ、この解説に付け加えることがあるなら、まったく新しい手法である・・という評価は少し違う。

おそらくアマチュアの文芸同人誌や学生作家の作品の中にも同様な手法は多数ある。

乙一という作家の発想のレベルについては、はっきり言ってしまえば若くて稚拙な臭いがする。

文学を知らない人間の持つ、まだ擦れていない純粋な発想力が、返って乙一の作品を生き生きとさせている、といってもいいくらい。

それくらい、若いなあ・・・と。

ただ、乙一の優れているところは、この特殊な一人称の語り口がこの小説の中で大きく成功していることだろう。

小野不由美が評価した「神の視点」が、もしなければ、この小説自体は幼稚な発想で描かれた、ありふれた小説になるところだったのではないか?

小説の作られ方としては、夏、花火、死体、というキーワードを軸に、物語の進行上も複線がたくさん張られてあって、王道をゆく書き方であり、構成力は高く老練なくらいまとまりが良く美しい。

ホラーでもサスペンスでもないような、坦々とした「わたし」の語り口が新鮮でいい。

結末もまあ悪くない。これに関しては良くもないが・・。


創作の技術は高く、ボクが冒頭に書いたようにやはり力作だ。

今年の夏、乙一の『夏と花火と私の死体』をオススメしたい。
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2006/08/08 12:38|ロンド・セレクションTB:0CM:2

コメント

こんにちは^-^
こんにちは^-^
遊びにきてみました^-^

お盆はもしかしてお仕事でしょうか。。。
私は11日からお休みで、今日は朝から乗馬に行ってきました^-^
相変わらずビギナー。。。^-^

毎日暑いですが体調に気をつけてがんばりましょう~^-^
ちろり #H6hNXAII|2006/08/12(土) 12:08 [ 編集 ]

いらっしゃいませ~

お仕事ですよ。まるっきり。乗馬かあ。。いいですねえ。シドニーでやったきりだなあ。
まつい ろんど #-|2006/08/13(日) 23:27 [ 編集 ]

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プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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