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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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大阪 中ノ島界隈。 

CIMG1939.jpg

地下鉄堺筋線『天下茶屋』駅から10分ほどで『北浜』駅に到着する。

地上に上がると中ノ島へ出た。

北浜、淀屋橋は商人の町大阪の経済の中心地。

ビジネスの世界には疎いので、街中に立つ燕尾服を来た爺さんの銅像はいったい誰なのか想像もつかないが、すっかり現代化したビル群の町並みにも歴史を感じてしまう。

CIMG1934.jpg

高校時代に馬鹿をやりすぎて、卒業したのはいいけれど、その後の進路についてはまったく白紙だった頃、ひとりここを訪れては川面を眺めていたっけ。

CIMG1937.jpg

10代のボクならば、こんな船に乗る仕事がしたいなあーと思ったのだろうか?

30代のボクは機会があれば乗ってみたいとは思う。

CIMG1938.jpg

中ノ島公会堂。

結局、ボクは大学へ行こうと思い立ち予備校の門を叩いた。

そのときの偏差値は38だった。

38

自分の偏差値を38にするまで、徹底的に遊んだのはむしろボクの誇りである。

人にはどんな形であれスタート地点がある。

ボクの人生のスタートは偏差値38である。

大学受験の断念を勧められるほど、受験生として最低のところからのスタートだった。

中ノ島公会堂にて、予備校の入学式が開かれた。

18の春、ボクはその列にいた。

CIMG1935.jpg

ここは中ノ島の憩いの場、バラ園。

近くには府立図書館があり、宮本輝はここの本を読み漁って小説を書いたらしい。

ぼんやり物事を考えるには、ちょうどいい公園だ。

ヘッセやバイロンを読んでは空を見上げて物思いに耽っていたボクが、かつてここにはいた。
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2006/10/25 22:19|未分類TB:0CM:0

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プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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