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旧イリアイ町界隈には『たまりみず』という名のサビ崩れたカフェがあります。そこでは、退屈に閉じ込められた他愛の無い、やっぱり退屈なお話がたっぷり詰まっています。そんなお話たちの一片をごらんになれる地球で唯一の場所。。

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2009.01.17 

二日酔いの頭痛で、布団の中からなかなか出られない。

昨日は三宮の飲み屋でしこたま飲んだ挙句、なぜかマティーニが飲みたくなって、地元に戻ってから駅前のバーで深夜まで飲んだ。

初めて入るお店だったが、レンガ造りの古びた店内と初老のマスターひとり。

そして初老の常連客がひとり。

静かな店内だった。


ボクの布団にもぐりこんで来た息子がボクをゆすり起して言った。

『今日、テレビを観て感想文を書かなくちゃいけないんだ』

『いったい何の感想?』

『地震の・・・』

そうか、今日は1月17日だった。

阪神淡路大震災から丸14年。

あれから14年。

昨日のことのようであり、ずっと昔のようでもある。

我々兵庫県民にとっては脱線事故同様、決して忘れることの出来ない大事件。

ここ尼崎でも49名の方が亡くなった。

古い家屋が多い下町のため、全壊した民家から死者が相次いだ。

うちの実家はなんとか持ちこたえたが、地震が収まりきるまでは、そのときはっきりと死を意識したものだ。

尋常ではないほど、家全体が大きく揺れた。

電気、ガス、水道は止まり、電話も不通になった。

部屋で飼っていた熱帯魚の水槽が落ちて部屋中が水浸しとなり、本棚が全て倒れてもう一歩のところで本棚の下敷きになるところだった。

家中の家財道具全てがひっくり返った。

その日の朝方、落ち着いてから、部屋の炬燵で丸くなってしばらく寝た。

とても寒かった。


情報が遮断される怖さ。

被災者にとって何が怖いといえば、自分たちの周囲でいったい何が起こったのかわからないことだと思う。

テレビもケータイも通じない。

まわりにいる人の噂話が全てとなる。

実際、ボクらが長田区の大火災を見たのは、震災からずいぶん後のことだ。

当時大学生だったボクは、そのときの様子をボーヴォワールの著述から引用して書いた。

これはまったくナチスに占領されたフランス人と同じだと。

ナチスに占領されたまさにそのとき、フランス市民は何食わぬ顔でビフテキを食べていた。

何も知らないとはそういうことだ。


阪神大震災とは、ボクにとって情報が遮断される恐ろしさを思い知った貴重な体験でもある。

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2009/01/17 14:40|My だいありーTB:0CM:0

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プロフィール

ろんど

Author:ろんど
高校時代に伝説のパンクバンド『Felicitous Dog』のメインボーカルとして活躍。ライブ活動多数。「今夜はオレのためにありがとう」などのMCで一躍脚光を浴び大スターの座に躍り出た。高校3年の学祭ではトリを務め、全校生徒を完全に魅了した。バンドは高校卒業時解散。
その後デュオ『Power of myth』のメインボーカルとして再び音楽活動に入る。神話的イメージとタンゴ調POPSの融合を試み新しい音楽の創造に尽力、友人、知人、他人、周辺住民の間で一世を風靡した。活動期間わずか4年で解散。
一方、大学在籍一年時に非公認サークル『創作文藝会』を有志4人らとともに創設。初代~3期の会長に就任。文芸同人誌 『ん!?』の編集長として創刊号から第9号まで手がける。
自身も小説、ポエム、エッセイ、旅行記など幅広く投稿し作家としての一面も合わせ持った。淡い青春時代の虚栄心を克明に描いた処女作『はげ』で衝撃のデビュー。『正常な狂人』『路地裏メルヘン倶楽部』『テープスペクタクル』『シルエット』『おやっさんの体験談』『山田X』『光芒の黒』『循環』など次々とヒット作を連発し、ファンタジックな世界観をやさしく流麗な文体で表現した悲喜劇が主に女性読者層のファンを集めた。また自身の旅行記を著した『中国おったまげ探訪記』『インド・ネパールぶったまげ放浪記』などアクティヴ派作家としての一面も持ち、抱腹絶倒で痛快な文体は学生諸君に夢と希望を与えた。詩人としては、銀色夏生をもじったペンネーム 金色なめを で純情恋愛ポエムを次々と発表。学内の話題を総なめにした。他、読書案内の『ろんどのやけっぱち書房』シリーズ、映画紹介の『寝巻きでシネマ館』シリーズなどがある。
第3期目には非公認サークルから大学公認クラブへと昇格させ、大学から予算がおりるようになるやいなや、連日連夜に渡って放蕩の限りを尽くした。
学生時代はインド、ネパール、インドネシア、中国、西欧諸国等海外放浪をライフワークとした。おかげで日本社会に馴染みきれないもどかしさがある。

現在はしがない会社員。一児の父。趣味は散歩と昼寝の他、特にない。座右の銘は『私が自画自賛しなければ一体誰がしてくれよう』である。

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